道上公報文化院長コラム

平成25年6月19日

日韓中の「1958年戌年生れ」 (平成25年6月19日付朝鮮日報寄稿)

在大韓民国日本国大使館 公報文化院長
道上尚史




「1958年戌年生れです」と言うと笑顔が返ってくる。韓国では人口の多いベビーブーム世代の代表。小学校は午前班・午後班に分かれ,一クラス70名,し烈な競争があった。田舎では幼い頃家に電気がなかった人もいて,貧困を知るほぼ最後の世代。少青年期に目に見えて生活がよくなった。30歳でソウルオリンピック。産業化も民主化も経験し,経済・政治両面で国の急成長を実感した。40,50歳でIMF危機と08年経済危機が直撃。子供の就職で頭が痛く,自分も退職を余儀なくされる年に近づいている。

日本の58年生まれは,そもそもベビーブームでない。生れる前に高度経済成長が始まり,文化面でも日本は世界の高い評価を受けていた。物心つく前に東京オリンピック,新幹線が開通。その後自由世界2位の経済大国となった。余裕のない家でも子供の誕生パーティ-を開き,私は小学時代毎月あちこちでケーキを食べていた。豊かな個人生活を謳歌する「ノンポリ」学生の時代だった。1980年代には米国が,「戦争で勝った日本に負けた」と悔しがるほどの勢いだった。その後低成長(先進国では普通だが)が続いたが,最近久しぶりに好転の兆しが見える。

さて,中国の58年生まれはまた違う。貧困だけでなく飢えを覚えている。小学生時代に文化大革命の混乱が始まり,学問や文化は破壊され白眼視された。拳を突き上げ他人を非難する大人たちの演説を見て育った。田舎で労働に従事する「下放」のため,高等教育を受けられなかった。1978年,鄧小平の指示で入試が復活し,貧しくとも学力さえあれば一流大学に進学できるようになった。「下放」先の地方でこのニュースに感激したのが58年生れだ。

同じ78年末の改革・開放政策で中国の経済発展が始まった。このモデルは日本だった。文化面でも億単位の人が日本の映画やドラマに熱中した。50歳で北京オリンピック。文革のような混乱への嫌悪感が強い。「国際社会での中国の評価はまだ低い。実際,欠点も多い」と,世界に目が開けた冷静なエリートも少なくない。

「幼い頃の自分の顔を知らない」「幼稚園時代の写真を45年ぶりに見て,どれが自分か誰も分からなかった」と中国の友人。「下放」と同じく,自分と同年代がこんなに苦労していたと知って絶句した。実は,韓国の58年生れの午前班・午後班,「電気がなかった」も私には驚きだった。同い年でも非常に違う人生だし,そのことを三国みな,互いに知らないでいるようだ。

日本を深く知る中国人も少なくない。日中関係の障害は何かとの世論調査に,「我々中国人のナショナリズムと反日感情」との答が21%もあった。この自己批判力は中国の長所であり,高く評価したい。「日本との関係は極めて重要。早く建て直さないと中国の大きな損だ」との声も聞こえる。

われわれ隣国の同世代は,人生も価値観も国家観も違う。だが,子供が就職し自分の仕事が一区切りする時期を迎え,人生について同じ感慨もあるのではないだろうか。知らないことの多い互いの人生を今からでも知り,相互理解の道が開ければと切に望む。すべてがかけがえのない人生。何ら上下はない。苦労の中にもやり甲斐があり,安定の中にも感激が多かったはずだ。すべての58年生れに幸あれ!