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韓国の「珍味」:エイとポンテギ

 

在韓日本国大使館 公報文化院長
  高橋妙子

 

  セソシクの読者の方から、院長は韓国国内いろいろなところを旅されて、たくさん美味しいものを召し上がっておられるようですが、韓国の食事では何が一番美味しかったですかと聞かれることがあります。確かに韓国に来てもう少しで2年になりますが、その間韓国各地でいろいろと美味しいものを頂きました。思いつくままに挙げてみても、済州島のオギョプサル、浦項のカメギ、春川のマッククス、ヨスのカッキムチ等など。一緒に旅をした仲間や迎えて下さった土地の方々とどんな話しをしながらそれを頂き、どんな感動を覚えたのかもよく覚えています。それぞれに「美味しい思い出」です。ソウルでも生カルビ、カンジャンケジャン、チャプチェ、スンドゥブ、キムチ・チゲ、スジェビ、等々、大好きです。一方で、決して美味しいと形容することはできないけれど、確かに「珍味」なのだと思えるものにも出会いました。エイとポンテギです。今回はこれらを頂いた時のお話をしたいと思います。

    ジャパン・ウィークは、年に一度、ソウル以外の地方都市で1週間に亘り日本と日本文化の多くを紹介する行事です。1998年の日韓パートナーシップ合意等を受けて、最初に光州広域市で開催して以来、今年で12回目。そのジャパン・ウィーク2009の開催地を江原道春川市にしてはどうか、との意見が最初に公報文化院内で出されたのは、ちょうど1年ほど前、2008年の春頃だったでしょうか。
    「江原道は日本の鳥取県と姉妹都市関係にあるばかりか、春川市も『冬のソナタ』でよく知られていて、山口県防府(ほうふ)市、長野県東筑摩(ひがしちくま)郡、岐阜県各務原(かがみがはら)市と様々な交流を行って来ている。」「これまで江原道では未だ一度も開催されて来ておらず、仮に江原道で最初に開催するのであれば、やはり道庁所在地である春川市であるのが自然だ。」「春川には江原大学校や翰林大学校といった水準の高い日本学科を持つ大学校もある。」最初にあげられた理由はこんなところであったかと思います。

    韓国には「エイ」という普通の人には食べられないものがあるということを、韓国に来て早い段階で知りました。ある日本人が「私は実はエイが好きでね」と誇らしげに言っているのを聞いて、これって珍しいことなのだと理解したのです。そして身近の韓国人の方に聞いてみると、韓国人でもエイを好きな人と嫌いな人に分かれることが分かりました。私はどちらでしょう。好きになれるでしょうか?

    私とエイとの最初の出会いは、全く予期せぬ形でやって来ました。エイの話を聞いて間もなく、日本から友人達を韓定食屋さんに案内した時です。私は、言葉の問題もあり、中身を確認しないまま適当にコース・メニューを頼んだのですが、そのコースにエイが含まれていたのです。何かの野菜と一緒にコチュジャンであえあったのですが、それと知らず口に含んだ私は、余りに強烈なアンモニアの刺激臭と味に驚き、どうすることもできず思わず吐き出してしまったのです。もちろん友人達も同様でした。そしてお店の人に聞くまでもなく、「これがあのエイであるに違いない」と確信したのです。それまで韓国や韓食について得意げに話していた私でしたが、何とも面目を失った格好になってしまいました。

    そんな経験があったので、先日知り合いの朴教授とそのお仲間と一緒に食事をすることになり、その会場がエイの専門店であると知った時には、大変な不安を感じたものでした。それでも断る訳には行くまいと、そして、専門店とは言ってもエイ以外にも何か食べるものはあるだろうと自分を励ましながら出かけて行ったのです。初回は全く心の準備ができていなかったけれど、今回は「相当の覚悟」を決めて臨む訳だから何とか「克服」できるのではないか。そんな思いもありました。

    こうして到着した専門店は、店の外からアンモニアの臭いがしているではありませんか。ほとんど胸の前で十字をきる思いで部屋に入って行くと、既に何人かが到着していて、テーブルの上には野菜の盛り合わせやキムチなどが置かれています。そして、それらと一緒に・・・何とポンテギが置かれていたのです。これまで何度となく韓国の食堂に行きましたが、前菜にポンテギが出てきたのは初めてでした。

 

    実は、ソウルに着任したばかりのころ、明洞を歩いていて、湯気を立てている屋台から一種異様な臭いがしているのに気付き、覗き込んで見てそれがポンテギと呼ばれる蚕の幼虫であるということを知りました。見ているとそれを通りすがりの若いカップルが買い求め、あたかもポップ・コーンでも食するがごとく歩きながら口に運んでいるではありませんか。日本でも、イナゴ(飛蝗の一種)を醤油と砂糖で佃煮にして食べますが、佃煮とはご飯のお供としてテーブルの端に控えめにしているものです。ところがポンテギは白昼堂々若い女性までもこれを食しているではありませんか。これには本当に驚きで、彼女達には日本の「草食系」の男子の前ではこれはやめた方がいい、もし彼等の前でポンテギを食べたら彼等は卒倒するかもしれないし、百年の恋も冷めてしまうでしょうと、思わず要らぬアドバイスをしたくなる程でした。そして同時に、私は韓国在勤中ポンテギを食べることは決してないだろうと漠然とした考えを巡らせたのでした。というのも、ポンテギを見て、ミャンマー勤

    私がミャンマーに勤務したのは、1993年12月から96年7月までの2年半でした。アウンサン・スー・チー女史が未だ1回目の自宅軟禁状態にあった頃のことでした。私は大使館の経済部長で、日本とミャンマーの経済関係を進めることが重要な仕事でした。しかし、日本は戦後長い間ミャンマーにとって最大の援助供与国でしたが、軍事政権下、民主化のリーダーを自宅軟禁に置いている状況では日本としてできる経済協力にも限界がありました。

    一方、ミャンマー政府は、国内の民主化の問題に加え、少数民族問題も抱えていました。ミャンマーはタイ、ラオス、中国、インド、バングラデッシュと多くの国と国境を接していますが、国境地帯には多くの少数民族が住み、一部はミャンマーからの独立を求めて長年戦闘を繰り返していました。ワ族もその一つで、ワ族が住む中国国境地帯は、長年阿片の原料になる芥子を栽培していることで知られていました。ところが、私が着任して間もなく、ミャンマー国軍とワ軍の間の休戦協定が成立したのです。日本政府がミャンマー政府と協力して、この地域に芥子以外の換金作物の生産を導入することが可能になるかも知れない。そんな考えをミャンマー国軍の指導部に伝えると、早速日本大使館の駐在武官と経済部長に対し、ミャンマー国軍幹部による中国国境地帯の視察に加わるようにとの招待が来たのです。

    こうしてミャンマー国軍の中将クラスを団長とする現地視察団に加わることになった私達ですが、現場に行ってみるとこの視察が、休戦協定成立後間もないミャンマー国軍とワ族との信頼醸成の一環であることに直ぐ気付きました。ワ軍が重火器等で警備する中を丸腰で入って行くミャンマー国軍の中将は、笑みを浮かべながら終始友好的に振舞っていました。私もその地域を訪れる最初の外交官(しかも女性)ということで大変に歓迎して貰いました。そして、やがて夕食会になり、そこで出されたものが芋虫だったのです。私はそれこそ卒倒しそうでしたが、私にはこれを食べないですますというオプションがないことは理解できました。私は、一匹、また一匹と、勧められるままに3匹ほど食べた記憶があります。UNDCPと日本政府による代替作物推進事業が動き出したのはその半年後くらいだったでしょうか?当時の私は、ミャンマーがそう遠くない将来、必ずや民主化を進め国際社会の責任ある一員として戻ってくると信じて疑いませんでした。それにつけても昨今のミャンマー情勢には本当に心が痛みます・・・。

    話をポンテギに戻しましょう。私は明洞でポンテギを見た時、このミャンマーの経験を思い出し、直ぐに「ここは韓国だし、私の担当は公報文化だし、こんなもの食べなくても仕事はできるはず、きっと一度も食べずに韓国を後にすることになるわ」と思ったのです。実際、朴教授が選んだエイ専門店では、だれも私にポンテギを食べるようにと勧める人はいなかったのです。でも人間、進められないと返って気になるものです。よく見ると明洞のモノと違い湯気が立っていません。従って例の臭いもありません。更によく見ると、ミャンマーで食べた芋虫よりもずっと食べやすそうです。するとこの機会を逃すと一生経験できないかもしれないという思いがして来ました。パクリ。一匹口に入れてみると、それほどおかしな味はしませんでした。また、パクリ。正直、決して美味しいものでないと思いました。でもエイの料理が運ばれてくるのを待つ間のビールの摘みには悪くないというのが私の結論でした。

    そして遂にエイが運ばれて来ました。流石専門店だけのことはあります。エイの切り身が大きいのです。それを蒸したサムギョプサルと一緒にキムチで巻いて気合いを入れて口に持っていくと、最初は口の中一杯にキムチ味が広がりました。そして、2度、3度と噛んでみると、エイの切り身は軟骨でできていて結構歯応えがありました。そして、アンモニアの味が舌を刺激してくるので、これを何とか堪えて噛み続けると、やがてアンモニア臭が口の中はおろか鼻の穴の奥まで満ちて来ます。これが堪えきれなくなったところで、マッコリでゴックンと流し込む。こんな食べ方を教わり、何とか3切れ程食べることができました。

    実は、朴教授は、この夕食会の数日前、偶々慶尚北道に旅行をして、地元の食堂で大変美味しいマッコリに出会い、私達との夕食会のために持ち帰ったのだそうです。そして、やはりマッコリにはエイが合うと考え、この専門店を選んだのだそうです。確かに、朴教授のマッコリは、すっきりした自然な甘みがあり、大変美味しく頂きました。エイの刺激的な味も、何度か食べ続ければ何時かは好きになるのかも知れないと思えるまでになりました。でも、今現在は、美味しいマッコリを味わうためなら、エイよりパジョンが嬉しいかも?何れにしても、韓食の深い世界を知った夕べでした。

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