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2008年2月IN SEOUL

 

在韓日本国大使館 公報文化院長
  高橋妙子

 

 


去る2月25日、第17代韓国大統領の就任式で、李明博新大統領は、4万5千の観衆を前に、自らの貧しい生い立ちに触れながら、韓国は夢をかなえられる国であるとして、その国を先進一流国にすることを国民に誓いました。国民に直接訴えるスタイルは大統領制ならではのもので、演説は大変な迫力を感じさせました。それに聞き入る聴衆は、夫々に、大極旗の色である、赤、青、白のマフラーを身につけています。式の最後は、韓国が世界に誇る音楽家、チョン・ミョンフンの指揮による第九の合唱でした。

「何とメリハリの効いた、スマートな演出だろう。チョン・ミョンフンがタクトを振る姿に、国民の多くが『先進一流国』は夢ではないと思ったに違いない。」私は、就任式の様子をソウル市内のホテルに設けられた大使館連絡室のテレビで見ながら、そう思いました。昨年8月にソウルの日本大使館の公報文化院長として着任して以来、「日韓交流おまつり」等、幾つかの大型文化行事に関与して、つい他所の行事を見るとその演出に目が行ってしまいます。でも今回ばかりはそんなことをじっくり検証している暇はありません。就任式が終わったら、出席された多くの日本からの要人がホテルに戻って来られるのです。今回は、福田総理一行に加え、現職の国会議員26名+元国会議員3名、しかも総理、大臣経験者等がぞろぞろです。摂氏零度前後の野外に1時間以上も座っていたのだから、皆冷えきって帰って来られるに違いありません。私は、頭を切り替えて、自分の担当する中曽根康弘元総理一行をホテルの車寄せでお迎えするべく、ロビーに向かいました。

 実は、私が韓国大統領の就任式をソウルで迎えたのは今回で3回目です。一度目は、1998年の金大中大統領の就任式で、私は観光客としてソウルにいました。アジア金融危機に直面して、国民が一丸となって闘っていた韓国は、政治面でも長らく民主化運動に身を捧げて来た人物が民主的手続きを経て大統領に就任するということで世界的に注目されていました。当時ヨーロッパに勤務していた私は、大切な日本の隣国について余りに知らないことをとても残念に思い、個人休暇帰国を利用してソウルを訪れていたのです。次が2003年の2月25日の盧武鉉大統領の就任式の時で、私は外務省報道課長として小泉総理(当時)に同行して、ソウルに来ていました。確か、日本の現役総理が韓国の大統領就任式に出席したのは、あの時が初めてではなかったかと思います。そして、今回の3回目の就任式は、大使館の館員として「体験」することになりました。

 ソウルに来て半年、常に印象深く思うことが二つあります。先ずは何よりも、日本と韓国の間の交流の幅の広さと奥行きの深さです。それは政府対政府の関係を越えて、政治家個人のレベルから草の根レベルまで様々で、交流の分野も実に多彩です。議員交流、大学間交流、報道機関(記者)交流、地方(自治体)交流、青少年交流、等等、等等。今回就任式に出席された国会議員の中には、中曽根元総理を筆頭に、正に長年にわたって日韓の議員交流に務めてこられた方々が大勢おられました。
日韓間には政治的懸案が存在することも事実ですが、その一方で、両国民の間で続いているこのように多様な交流が、今日の日韓関係を下支えしていることも事実なのです。そして、両国間にどんなに難しい懸案が存在していようとも、このような交流を続けて行く限り、日韓は何れ必ずや良い方向に向かって行く。そして、きっと解決策を見つけ出すことができる。そんな信念と希望を抱かせてくれるのです。

 もう一つは、韓国のダイナミズムとドラマ性です。韓国は実にダイナミックでドラマチックなのです。例えば、日本では「韓流」ブームがしっかり定着しましたが、そのきっかけを作ったとされる「冬のソナタ」は、主演のぺ・ヨンジュンの人気もさることながら、ストーリーが実にドラマチックなのです(奇想天外という意味も含めて)。こちらに来てお付き合いするようになった韓国人の友人に、「韓国のドラマは何故あのようにドラマチックなのですか」と聞いてみたところ、実生活はもっともっと劇的であると教えてくれました。南北を分断する38度線やそれによって生じた離散家族、更には大学就学時期に2~3年の兵役義務がある現実は、彼らの日常に様々なドラマを生み出すと言うのです。

一方、そんな韓国には「日流」という言葉があり、日本のドラマや映画のみならず日本の小説等が、特に若い世代で大変な人気です。これは、韓国社会も急速にグローバル化している結果、韓国の若者世代の感性が日本の若者世代のそれに急速に近づいているためだとする興味深い分析もあります。仮にこれが本当だとすると、儒教文化圏の伝統を重んじる傾向の根強い韓国社会での世代間の葛藤は、日本以上の速度で高まってきていて、これもまたドラマ性を増すことに繋がっているのかも知れません。

 政治においては、今回李明博氏のような人物が大統領に当選されて、10年振りに進歩傾向から保守傾向に政権が交代したことは、議院内閣制の国から来た者には、大変ダイナミックでドラマチックに映ります。当選以来の李明博氏の発言を聞いていても、今後韓国が大きく変化するであろうことを予感させます。     
日韓関係についても、実利的に改善させたいと、これまで様々な機会に述べておられますが、今回の大統領就任式に多くの政治家が日本から出席した背景にも、日本側に李明博新大統領のこうした姿勢に積極的に応えたいとの思いがあったものと思います。

 この関連で、今回初めて行われた日韓首脳会談では、福田総理より、日韓間で過去の事実は事実として認めることが重要である、常に歴史に謙虚に向き合うことが重要であり、相手がどう考えるか常に考えなければならない、そのような考えに立って未来をどうするか、お互いに考えて行くことが重要である旨発言されたころ、李明博大統領も、賛意を表して、日韓関係を安定した関係にしていくよう努力したい、未来に向けた協力を具体的にして行きたいと応えられたそうです。
 他方、これまでの政権でも最初の2~3年は日本との関係は良かった(だから、李明博大統領も今後どうなっていくか分からない)という指摘があることも確かです。しかし、日韓双方が、歴代政権の日韓関係から多くのことを学んだことも事実でしょう。今後の日韓関係において、「過去を鑑とし」という、古今東西を問わぬ黄金の知恵が、必ず生かされてくるものと確信します。
※ 本原稿は当館発行の日本情報誌『イルボネ・セソシク』(韓国語)用に書かれたもので、読者は主に韓国人を想定しています。

 

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